こんにちは。ライター&編集長のまきしむと申します。
ふだんはメンタルケアサイト「ココロジー」の編集長をしています。
先日「はてな匿名ダイアリー」という匿名で日記を投稿できるサイトで、「『傷ついた』という嘘の概念」という日記を見かけました。
内容をざっくり紹介すると、「傷つくという概念は嘘である。なぜなら自分は傷ついたことがないからだ」みたいなことなんですが、なんとなく隠しきれない傷つきやすい人たちへの苛立ちが見てとれたんですよね。
それを読み終えたとき私は、
「なんでこの人は、傷つく人にこんなにイラついているんだろう?」
と違和感を覚えました。
傷つかないことは、世間一般では望ましいとされるスキルのはずです。
例えば、自分がお手玉が死ぬほど得意だったとして、お手玉がまったくできない人に対してイライラしますかね?
……いやまあ、する人もいるかもしれないけど、あんまり共感はできないですよね? でも、「傷つきやすい人」への苛立ちは、私でもなんとなく理解できるような気がするんです。
でも、本当に「傷つく」ってただの甘えで、「傷つかない人」がそんなに優れているんでしょうか?
そもそも「傷つく」ってなんなんだろう?
意外と「傷」について構造的に分析している記事や研究がなかったので、今回はそこらへんを元臨床心理士の春井星乃さんに聞いてみましたよ!
「傷つく」ってどういうこと?
性格は4つの層でできている
乳幼児期にできる認知様式:エニアグラム
乳幼児期・児童期の経験と中学生以降の経験
「傷つきにくい人」の4タイプとその特徴
政治的立場は無意識的な心理構造が作っている
一人ひとりの心理構造が未来を決める
「傷つく人」「傷つかない人」では心理構造がちがう
まき:9月初めに、はてなブログで『「傷ついた」という嘘の概念』というある女性の日記がバズってたんですけど、春井さんはご存知でしたか?
春井:いえ、知りませんでした。それってどういう日記?
まき:えっと、重要そうなところだけ抜き出して引用しますね。
「傷付く」って中学生ぐらいの頃に少女漫画とか女性向けコンテンツによく出てくるのを見て「これなんなんやろう?」と思ってました。
気に食わないことあって拗ねとるだけやん。
(中略)
「傷付いた」っていうののほとんどは単にむかついただけだと思う。
むかついたら一旦そのむかつきに正当性はあるのか、相手と立場ひっくり返したりして考える。
それでもむかついてるならやりかえせよ。
(中略)
傷付くってうそつきの言葉だと思う。
そんなこと言って自分を縛ってどんどん人生を暗い方に自分で持ってってるんでしょ。
まあそういうことをする余裕がある人なんだろうなとも思うけど。
出典:「傷付いた」という嘘の概念
なかなかパンチのある文章、というか超速の右ストレートですよね。で、これに対して批判の声も上がってたんですが、春井さんは、この人の考えどう思いますか?
春井:そういう方っていらっしゃいますよね。人間ってどうしても無意識に「他人も自分と同じ」と判断してしまうものなので、この方も、「傷つく人」も自分と同じ心理構造を持っているという前提で話してしまっているんじゃないかな。
まき:ということは、「傷つく人」「傷つかない人」では前提の心理構造が違うってことですか?
春井:そうですね。
「傷つく」ってどういうこと?
春井:でも、その話に行く前に、まずそもそも「傷つく」とはどういうことなのかを考えてみましょうか。
まき:確かに、「傷つく」っていっても人によって定義が千差万別レベルですもんね。そういえば私も「やだな〜傷つくな〜怖いな〜」と思うことはよくありますけど、「傷つく」こと自体の分析なんてしたことないですね……。
春井:そうですよね。私は「傷つく」って経験は、「何によって傷つくか」で3種類に分かれると思うのね。1つは、大きな不安や恐怖を感じた場合。戦争や、事件に巻き込まれるとか、虐待、DV、性的暴行とかの経験によるものですね。そういう大きな不安や恐怖を経験した人が発症するPTSD(心的外傷後ストレス障害)って病気もあるから、これも傷と言えますよね。
まき:ふむふむ。日記の女性も、「ベトナム戦争に送り込まれたら後遺症とか残るかもしれない」とは言ってるので、このタイプの傷は認めているのかもな〜。
春井:そうですね。次に2つ目ですが、自分の人格やプライドが否定されたと感じた場合です。無価値感、劣等感、自己否定、自責の念などを感じることによって「傷つく」んですね。これは、不安や恐怖とは違って、優劣の問題が根底にあります。自分が劣っているということに対して傷つくケースです。
まき:日記の女性が言っているのは、主にこのタイプの「傷つき」かもしれませんね。雑誌やポスターなどの表現で、女性が性的消費されていると感じて「傷つく」ケースなんかもよくネットで話題になるんですけど、ここに入るんでしょうか?
春井:そうですね。女性の地位が低くてモノとして消費されるという感覚から「傷つき」が生まれるのかもしれないですね。
まき:なるほど〜。「お気持ち」とかで揶揄されがちなフェミニストの「傷」ですが、こうして背景を分析してみるとまた新しい風景が見えますね。
春井:そうかもしれませんね。そして、3つ目は、信頼関係や愛情関係が崩れることから生じる「傷つき」です。浮気や不倫、様々な裏切り行為だったり、信頼している人と理解し合えないこととか、人間の汚い一面を見てしまうこととかですね。
まき:へ〜、そういう信頼や絆が壊れる経験からも「傷つき」って起こるんですね。でもこのタイプの傷つきには、さっきの日記では触れてなかったような?
春井:そうですね。いずれにしても「傷つく」感情は、この3タイプの経験を「弱者の立場で感じ取る傾向」から生じています。つまり、「傷つく人」は、無意識的に「環境・他人よりも自分が弱者である」との感覚を持っているわけですね。
まき:そっか。この日記の女性は「傷つきはムカついただけ」って言ってますけど、「傷つかない人」っていうのは無意識的に「環境・他人よりも自分が強者である」という感覚があるから、「傷つく」感情ではなく「怒り」を感じるということなんでしょうか?
春井:そうですね。同じ状況に対して「傷つく」と感じるか、「なんだコイツ」となるか…の違いですかね。
まき:なるほど。こうやって解像度を上げると全然見える風景が変わりそうだなあ。さっきの日記の人は、その辺のことをスルーしているんでしょうか?
性格は4つの層でできている
春井:そうなんですよね。そして、「傷つく人」になるか「傷つかない人」になるかは、無意識的にどんな心理構造を持っているかで決まってきます。
まき:ええっ、そんなハッキリ言えるもんですか!? その心理構造ってどんなもんなんですか?
春井:心理構造っていうのは、ある個人の一貫した行動を生み出す「性格の構造」とも言えるんですが、私は、これは4つの層でできていると考えています。
まき:「そう」……というと、地層みたいに上下に別々のものが重なり合っているやつですかね?
春井:うん。じゃあ、簡単に説明していきますね。まず1つ目は遺伝の影響ですね。心理学的には、生まれ持った性格のことを「気質」と呼びます。
たとえば、米国の発達心理学者のジェローム・ケーガンって人が、生後4カ月の赤ちゃんから成長するまでの多くの人を長期観察するという研究をしたんだけど…
まき:おお、赤ちゃんはガチ。後天的なものの影響がほぼ無い状態ですもんね。
春井:うん、ケーガンは、赤ちゃんの時に外界からの刺激(音・光・振動など)に敏感に反応し大泣きする子が、成長するとともに「内向型」のタイプを形成することを発見したんだって。
外界からの刺激に極端に高反応だった子は2割で、まったく動じずに落ち着いていた子は4割、残り4割はどちらでもない反応だったみたい。
まき:なるほど、環境の刺激を怖がるタイプの子が内向型になるのかな。ところで内向型っておとなしい人ってイメージだけど、詳しくはどんな性格なんですか?
春井:簡単に言うと、内向型っていうのは、口下手で他人と接するよりも自分の内面と向き合うことが得意で孤独な環境で落ち着けるタイプ、外向型とは口が達者で他人と接することでますます元気になるというタイプのことですね。
まき:つまり、陰キャオタクになるかパリピになるかは生まれつきの気質も大きく影響されるということですかね。
春井:そうですね。この研究で言及されている環境からの刺激に恐怖を感じやすい子供は、いつも環境からの恐怖や不安を感じているので、自分が弱者であると感じやすいですよね。
まき:確かに…そういう子が「傷つきやすい人」になるのか。そして、逆に、環境からの不安や恐怖を感じにくい子供もいると。そういう子は「自分は強者」と思いやすくて、成長してから「傷つかない人」になるのかな。
春井:そうですね。その可能性はとても高いと思います。だから、この日記の女性が言っているように「傷つきは嘘」というのは違うと思いますよ。
まき:ですよね。そういえば、いま流行りのHSP(ハイリー・センシティブ・パーソン:ざっくりいうと「ひといちばい繊細な人」のこと)も似たような概念なんでしょうか?
春井:そうですね。HSPはきちんとした精神医学上の疾患名ではないんですが、生まれつきの「傷つきやすい」気質という意味では似た概念だと思います。でも、「傷つきやすい人」になる原因は、気質や遺伝の他にもあるんです。
まき:お、というと後天的な要素でしょうか?
乳幼児期にできる認知様式:エニアグラム
春井:うん、残りの3つの層の影響でも「傷つきやすい人」になる可能性はあります。
遺伝の次の2つ目の要素は、乳幼児期にできる世界の認知様式です。
精神分析の創始者で心理学者のフロイトは、乳幼児期の意識発達を「口唇期:0歳〜1歳半」「肛門期:1歳半〜3歳」「男根期:4歳〜5歳」に分けて考えました。そしてフロイトは、「人間は口唇期から男根期までの間に欲求不満や過度な満足を経験し、ある特定の段階に強く影響されることで性格が生じる」と考えるんです。
まき:これは、ココロジーの精神的安定の記事でもお聞きしましたね。子供は、どの段階に最も影響を受けたかによって自己イメージ・他者イメージを作りだし、それを通して成長後も世界を認知するようになるってことでしたよね。
春井:そうですね。この乳幼児期に生じる「世界の認知様式」からできる性格のタイプを更に洗練させて具体的に示したのが、エニアグラムだと私は思っているんです。
まき:そっか、そこでエニアグラムが出てくるわけですね。でも知らない人も多いと思うので、もう一度エニアグラムについて説明していただけますか?
春井:そうですね。エニアグラムとは、1950年代にオスカー・イチャーソが考案した9つのタイプによる性格分析法で、AppleやDisney、Sony、IBMなどの世界的な有名企業が研修に取り入れていると言われています。
タイプ1 | 裁判官:自分のルールを守りたい人 | 西野亮廣 |
タイプ2 | 看護師:いい人と思われたい人 | マツコ・デラックス |
タイプ3 | 実業家:優位に立ちたい人 | 中田敦彦 |
タイプ4 | 芸術家:存在確信を得たい人 | 落合陽一 |
タイプ5 | 研究者:世界を把握したい人 | ヒロシ |
タイプ6 | 営業マン:みんなに好かれたい人 | 出川哲朗 |
タイプ7 | 芸人:楽しい雰囲気にしたい人 | 梶原雄太 |
タイプ8 | 教祖:人を動かしたい人 | 箕輪厚介 |
タイプ9 | 庭師:平和を維持したい人 | ローラ |
この9つのタイプの中でも、「傷つきやすいタイプ」「傷つきにくいタイプ」っていうのがあるんです。
まき:ふむふむ。
春井:まず「傷つきやすいタイプ」はタイプ4、タイプ5、タイプ6あたりかな。「傷つきにくいタイプ」はタイプ3、タイプ7、タイプ8、タイプ9などでしょうか。この日記の女性ご本人はどうか分かりませんが、文章の雰囲気はタイプ7かタイプ8っぽい感じがしますね。
まき:私もタイプ7だからなんとなく分かる気がする(笑)。
乳幼児期・児童期の経験と中学生以降の経験
春井:ただ例外もあって、タイプ4・5・6でも「傷つきにくい人」になるケース、タイプ3・7・8・9でも「傷つきやすい人」になるケースもあるんです。その原因となるのが、1つ目の遺伝と、3つ目の乳幼児期と児童期の家庭や幼稚園・学校などにおける経験、4つ目の中学生以降の経験です。
まき:なるほど、遺伝→エニアグラム→乳幼児期・児童期の経験→中学生以降の経験と徐々に影響が重なって性格が作られていくんですね。
春井:そうですね。まず、単純に、乳幼児期・児童期で、親に褒められたことがないとかいつも否定されていたとかネガティブな経験が多い子供は「自分は弱者」という無意識の構えを持ちますよね。逆に、親や学校でいつも褒められたり認められていたポジティブな経験の多い子供は「自分は強者」との認識を持ちます。
まき:たしかに。そこからも「傷つきやすい人」「傷つきにくい人」が分かれますね。
春井:そうですね。また、親が絶対的権力をもち、子供の感情や弱さに共感しない場合、子供はネガティブな感情を抑圧し、親の価値観をそのまま取り込んで、親に認められるように必死に行動するようになります。そういう子供が挫折もなくそのまま大人になった場合、どういう性格になると思う?
まき:うーん。自分の素直な感情を感じにくくなって、親の価値観のまま生き、ただ根性論で何事も上手くいくと思う人とか弱者の気持ちが分からない人になりそう。これも「傷つきにくい人」に入りますかね?
春井:そうですね。入ると思います。自分の弱さやネガティブな感情を極端に嫌い、見たくないと思うようになりますし、完全に抑圧して感じられなくなるケースもあります。そうしたら「傷つかない」ですよね。そして、常に親=強者の論理で物事を判断するようになります。
すると、すぐ弱音を吐いたり「傷ついた」という人を見ると「甘えてる」「わがまま」と思うし、自分の見たくない弱さを見せられているようでイライラするんです。
まき:日記の女性もそうなのかな…「傷つく人」にあんなに長文を書くぐらいイライラするというのは、やはりその奥にそういう心理があるのではと思ってしまいますよね。
春井:そうですね。日記の女性は、真実は分かりませんけれど、遺伝もエニアグラムも親子関係もみんな「傷つかない人」の特徴を持っている方という可能性もありますね。
まき:でも、なかなかそんな人っていないですよねー。この方は特殊としても、一般的には、遺伝やエニアグラムが「傷つきやすいタイプ」でも、親子関係によっては「傷つきにくい人」になる場合もあるし、その逆もあるってことですね。
春井:そうですね。そして、中学生以降の経験で、それが変わって行く場合もあります。
まき:つまり、遺伝や親子関係、エニアグラムで「傷つきやすかった人」が傷つきにくくなるとか、「傷つきにくかった人」が逆に傷つきやすくなるとかですか?
春井:そうですね。そういうケースもありますね。そういう感じで、「傷つきやすい」か「傷つきにくい」かは4つの要素の組み合わせで決まってくるんです。
「傷つきにくい人」の4タイプとその特徴
まき:なるほどねー。じゃあ、「傷つきにくい人」にもいくつか種類があるってことですかね。
春井:そうですね。私は傷つきにくい人には4つのタイプがあると思っています。
まず、1つ目は、遺伝やエニアグラム、親子関係の影響では「傷つきやすいタイプ」だったけれど、「傷つきやすい人」の気持ちを理解できる共感能力を持ったまま、中学生以降の経験で傷つきにくくなった人。
2つ目は、遺伝やエニアグラム、親子関係の影響では「傷つきにくいタイプ」だったけれど、中学生以降の経験で弱者の立場に立って物事を見ることができるようになり、共感能力を獲得して傷つきやすい人の気持ちを理解できるようになった人。
3つ目は、遺伝やエニアグラム、親子関係の影響では「傷つきやすいタイプ」だったけれど、中学生以降の経験で自分の感情を抑圧し、強者の立場に立って「傷つきにくい人」になり、弱者の気持ちを理解できなくなった人。
4つ目は、遺伝やエニアグラムタイプ、親子関係の影響で「傷つきにくいタイプ」になっており、常に強者の立場でしか物事を判断できず、共感能力が低い人です。
まき:なるほどー。最初の2つは、弱者の立場にたって「傷つきやすい人」の気持ちを理解できる「傷つきにくい人」ってことですね。
春井:はい。どちらも中学生以降の経験で、自分の持って生まれた気質、乳幼児期・児童期に形成された特性や奥底の感情と向き合い、共感能力を獲得しているタイプですね。そういう人は、欠点を認めて修正していくことができます。
まき:ちょっとお聞きしたいんですけど、例えば遺伝的に傷つきにくいタイプだったけど、小学校や中学校でいじめにあって傷つきやすくなってしまった、というケースもありえるんでしょうか?
春井:そうですね、あり得ると思います。さらに、エニアグラムタイプが傷つきすいタイプだった場合や、親子関係によってネガティブな自己・他者イメージを持っている場合はその可能性が高まります。
まき:ふむふむ。次に3つ目と4つ目のタイプなんですが、これって弱者の立場が理解できず共感能力のない「傷つかない人」ってことなんでしょうか。なんか、普通「傷つかない」って性格的には長所でみんなが羨む傾向だったりするんですが、3つ目と4つ目の人の場合は違うんですかね?
春井:そうですね。そういう人は、自分のネガティブな感情を見ようとしないし、他人の感情を扱うのも苦手です。すると、他人と本当の深い絆を築くこともできなくなります。人間関係の深い絆とは、お互いのネガティブな感情と向き合い克服していくことで築き上げられるものですから。
また、そういう人は、欠点を認めて修正することも難しくなりますし、他人の奥底の繊細な感情を見ようとしないので、人を見る目もない場合が多いです。結果的に恋愛・結婚もうまくいかなくなります。
まき:……なんか絶望的な気分になってきたんですが……
春井:特定の人の話じゃないので落ち込まないで(笑)。例えばね、もし本人がずっと1人で、恋愛も結婚もせず、子供も育てず、仕事人間で生きるならラクに生きられるかもしれないんだけど。特に4つ目のタイプは仕事ができる人が多いから。でも、みんながみんなそうもいかないでしょ。
まき:そうですね。それに、本人が自分で3つ目4つ目のパターンだと気づいてない場合も多いかも?
春井:そうですね。そういう人も多いと思います。
なので、尚更3・4番目の「傷つかない人」は、恋愛・夫婦関係、子育てでかなりの確率で問題が生じてきます。特に子育てでは、子供が自分の感情を抑圧して自分の人生を生きられずに精神疾患になったり、親と同じような「傷つかない人」になったりしますよね。
心理的成長というのは、自分の奥底から湧き上がってくる感情とつながるところからはじまるので、そういう親は子供の成長を止めてしまうことになるんです。子育てに関しては、意識して改善しようとしている「傷つきやすい人」の方がよっぽど良い子育てをします。
まき:うーん、「傷つかない人」っていうけど、それって、いわゆる毒親に近くないですか? どう見ても長所じゃなくて短所ですよね?
春井:そうですね。3・4番目の「傷つかない」ははっきり言って短所です。
まき:なんと……。傷つきにくさが短所となる場合もあるのか。でも確かに、傷つかないと自分の欠点を直そうと思いにくいし…それに、自分が違うからといって、遺伝や気質で決まってしまっている傷つきやすい特性を持つ他人を「劣っている」と決めつけて、理解しようともしないなら、そうなりますよね。
春井:うん。あと、もし仕事人間で行くにしても、部下の教育はうまくいかない場合が多いんです。できない人の立場に立って教えることが苦手なので。
まき:最近、労働者が率直なコミュニケーションができる安心して働ける職場を「心理的安全性が高い」って言うらしいんです。その安全性の中には、もちろん相手を尊重して、怯えさせたり、傷つけたりしないようにコミュニケーションを取ることも含まれます。
だから、相手がどうしたら気持ちよく仕事ができるのかが分からない、3つ目4つ目の「傷つかない人」は部下から敬遠されますね。
春井:へー、そんな言葉が流行ってるんですね。特に4つ目のタイプは、「心理的安全性」が低い職場を作りやすいですよね。
強者の立場で「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」というような教育しかできない場合が多いので。相手の特性や置かれた立場を何も見ず、努力できない根性のないヤツは自己責任だ、あとは知らない勝手にしろと。
政治的立場は無意識的な心理構造が作っている
まき:あー、それも今流行りの「自己責任」ですね。根性論とか精神論ふりかざしてる人も同じ属性っぽいかも。
そういえば、先日『「人に迷惑をかけるな」という呪いと自助社会の絶望感』っていう記事が話題になってたんですよ。
その記事では、最初に、ある男性が母親の介護のために仕方なく退職し、散々努力してできる仕事を見つけようとしたけれどどこにも就職できず、生活保護も「あなたは働ける」と断られた結果母親を殺して自殺未遂して、その後本人も自殺したというケースが載っているんです。
そのケースを踏まえて、筆者が「人に迷惑をかけるな」という雰囲気やここまで「自助」を推奨する社会ってどうなの? っていう疑問を投げかけているんですよ。
春井:それ、私も読みました。筆者は最初に「書こうかどうかすごく迷った」と書いてましたが、それほどこの話題は今の日本社会の核心をつく繊細な問題だということなんだろうなと思ったのよね。
まき:ホントにそうですね。この「自助社会」と春井さんのいう「弱者の立場」「強者の立場」のどちらを取るか問題ってすごく関係あるような気がするんですが。
春井:そうですね。「まずは自助」というのは「なにがあっても自己責任」ということになり、まさに弱者に共感しようとしない「強者の論理」ですよね。今の日本社会は、強者の立場で「〜すべき」という考え方をするのが主流になっている気がします。
まき:確かに。でも、その「強者の論理」を突き詰めて、介護離職で結局母親を殺し自殺しなければならなくなる社会ってどうなんだろうってやっぱり思っちゃいますよね……
春井:でも、それでもそれがいいんだと思う人もいるんですよね。政治的な立場って、実は、遺伝や気質、乳幼児期・児童期の親子関係などの経験、中学生以降の経験の「4つの層」が無意識的に影響しているものなんだと私は思ってるのね。だから、そう簡単に変えられるものではないんですよね。
まき:なるほど。みんななんだかんだ理由をつけて「こっちが正しい。いやこっちだ」と論争してますが、実は無意識的な心理構造の型で立場はすでに決まっていて、それに意識的に理由をつけているだけってことですか?
春井:そうですね。いつも私が引用させてもらっている社会学者の宮台真司さんも、「国民の意識がそうなっていて、政権はそれに乗っただけ」と仰っていますし。
まき:宮台さんもそんなこと仰ってるんだ。まずは国民一人ひとりの意識からか。
一人ひとりの心理構造が未来を決める
春井:うん。そういえばもうすぐアメリカ大統領選があるけど、実はアメリカでも政治的立場を分ける指標として「弱者の立場か強者の立場か」っていうのが重要になってるの。
まき:へーアメリカでもそうなんですね。
春井:うん。この前オリラジの中田敦彦さんもYouTubeでアメリカの大統領選について話していて、こんな図を出してたんだけど…「国家↔個人」「競争↔福祉」っていう2つの軸でできた図です。
トランプの共和党は国家と競争を重要視する右下に、バイデンの民主党は個人と福祉を重要視する左上に置かれています。
まき:なるほど。「国家と競争」は強者に都合がいいもので、「個人と福祉」は弱者を尊重する立場と言えますよね。
春井:そうですね。言葉と配置はちょっと違いますが、似たような意味の図を宮台さんも長年に渡り使用していらっしゃるので、これは政治的立場を表すのに全世界共通で使われる指標なんじゃないかなと思います。
まき:そう考えると、私たち個人の遺伝の影響や乳幼児期にできる認知様式、児童期の親子関係などが、政治的立場を決める重要な基盤になっているということですね。「傷つきやすい」か「傷つかない」かはその一端を示す分かりやすい指標とも言えるわけだ。
春井:そうですね。自分がどの層の影響で「傷つきやすい」のか「傷つかない」のか、考えてみることは自分を知る上でもとても大切ですよね。
まき:なるほど。普段、私たち個人は自分の性格や生き方が国のあり方に影響するなんて思ってもないけど、実は、私たちがどのような経験をしてどのような自分を作り、どのような人生を生きるかがそのまま政治的な影響力を持っているんですね……責任重大だ。
春井:そうですね。私たち一人ひとりの生き方がそのまま未来の日本や世界を作ると考えると、自分が遺伝や気質、エニアグラムタイプ、親子関係などからどのような影響を受けて、どのような心理構造を作り上げているのかをもう一度見つめ直してみることってとても大切なことですよね。
まき:ホントにそうですね。私も考えてみようっと。