こんにちは、元臨床心理士の春井星乃です。
現在は、心理学・精神分析・エニアグラムを通して性格構造を明らかにする「イデアサイコロジー」を提唱しています。
先日(4月21日)、私もよく引用させて頂いている社会学者の宮台真司さんが「斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI!」というラジオ番組に出演され、「日本人と日本政府のダメさが新型コロナであぶり出された」「これから誰が生き残るのか」というお話をしていました。
日本人のダメさを象徴するのが「安心厨」ですね。安心と言う言葉は英語にはないんです。あるのは、"feel secure , easy , safe"。これは何故かというと、安心と安全は対立するからです。
特に不確定な状況下では、下手に安心すれば安全がないがしろになるんですね。
ところが、基本、日本では安心厨=ゼロリスク野郎が多くて、自分が心で安心したいためだけに自分にとって嫌なものを攻撃したり、政府に全面的に依存したりする。
「斉藤一美ニュースワイドSAKIDORI!」2020.4.21
この記事では、この宮台さんの「安心と安全」「今後生き残るためには」というお話と、宮台さんのこれまでの思想をご紹介し、さらにこれらを心理学的な見地からも考察してみたいと思っています。
「安心・安全」と「早期完了」
宮台さんの言う「クズ」ってどういうこと?
「自動機械」には様々な種類がある
今後生き残る人とは?法外のシンクロの時代
「安心・安全」と「早期完了」
みなさん、上で引用した宮台さんの「安心」と「安全」のお話はどう思いましたか?
おそらく、宮台さんの言う「安心」とは、現実的に本当に危険がないかは分からないのに、心理的に「安全」だと思い込んだ状態のことですよね。
それに対して、「安全」とは、大勢の人が確認できる客観的な事実として「危険がない状態」のことを指していると思われます。
つまり、
「安心」:思い込み・妄想・虚構
「安全」:現実
ということになります。
宮台さんのいう「安心厨」とは、簡単にいえば、「現実を見ずに自分の心の安定だけを追い求める状態」だということですよね。
これを心理学的に解釈すると、どのような状態だと言えるでしょうか。
心理学には「自我同一性(アイデンティティ)」という概念がありますが、このような心理状態は「自我同一性地位」の「早期完了」の状態と考えることができます。
では、「自我同一性地位」について簡単に説明しますね(私のブログを読まれていて、ご存知の方は飛ばしてくださいね)。
まず、「自我同一性」とは、これまでもこれからもこの自分であるという「一貫した自分」や「これこそが自分自身だ」という感覚のことを指します。
人間は13〜14歳前後から自我同一性確立への課題に向き合うことになるとされていますが、心理学者マーシャは、この自我同一性を確立するためには、「危機」と「傾倒」という2つの条件が必要だと考えました。
「危機」とは、それまで当たり前だと感じて取り入れていた価値観に対して迷いを感じ、自分はこれでいいのかと考え始めること、「傾倒」とは、自分で選択したある特定の事柄に対し、興味関心を持ち、積極的に関わることです。
自我同一性達成 | 「危機と傾倒」両方経験 | 自我同一性を確立している |
モラトリアム | 「危機」のみ経験 | 自分の生き方を模索中 |
早期完了 | 「傾倒」のみ経験 | 親の価値観で生きている |
自我同一性拡散 | どちらも経験していない | 自分がなく流されて生きる状態 |
そして、マーシャはこの「危機」と「傾倒」の組み合わせで、自我同一性を確立するまでには4つの段階があるとしました。「自我同一性達成」「モラトリアム」「早期完了」「自我同一性拡散」です。このマーシャの理論を「自我同一性地位」と呼びます。
この4段階の中で、「危機」を経験せず「傾倒」のみある状態を「早期完了」と言います。
つまり、親や家庭環境の影響で形成された価値観をそのまま咀嚼せずに自分のものとして、その後の人生を生きてしまうという状態です。
ナゾロジーのコロナウイルスの記事でも書きましたが、こうなると子供は、親との間で生じた不満や怒り、悲しみなどネガティブな感情を否認し、「親に認められるように行動すべき」、「親を否定するべきではない」などの考えを無意識に持つようになります。
つまり、親の価値観によって形成されたそれまでの生き方・考え方を維持することが、生きる上での第一優先事項になってしまうんですね。
さて、そうなると、見たくない自分のネガティブな感情や弱さを無意識のうちに抑圧してしまうので、自分のほんとうの感情とも繋がらなくなり、必然的に他人の感情に共感することもできなくなっていきます。
そして、その親と同一化した価値観や生き方、自分の感情の安定を守るために、それを否定するような現実を認めようとしなくなります。そして、自分に都合のいい考え方を「現実」と思い込むようになります。
さらに、自分の弱さを素直に表現する人たちや都合の悪い現実を訴えてくるような人たちを嫌い、批判・攻撃したりするケースも生じてきます。
また、「早期完了」に人たちにとっては親=権威=政府となるので、政府を無条件に信頼する傾向があります。
「早期完了」の人たちには、現実よりも自分に都合がいい「虚構」が重要で、それが現実よりも「現実」になっていきます。
つまり、「安全」よりも「安心」できることが重要になるんですね。
このように考えると、宮台さんのいう「安心厨」とは、思春期に自分ときちんと向き合い、自分で主体的に人生を選択すること(「自我同一性の確立」)ができていなかった「早期完了」の状態の人のことを指しているのではないかと私は思っています。
「クズ」は「自動機械」で「感情劣化」した人々
安全をないがしろにする安心厨に対応するのが日本政府のダメさです。
ヤフコメや支持率を気にして右顧左眄する理念なき、国民のためという正しさではなく自分のポジション、支持率、損得のためだけ、正しさよりも損得という「クズ」。
これが政治をやっている。それが日本政府のダメさなんですね。その日本人と日本政府のダメさが明らかになったということで、このコロナ禍は福音です。福音として利用しなければならない。
「斉藤一美ニュースSAKIDORI!」2020.4.21
宮台さんはこの「クズ」という言葉をよく使われます。
みなさんは、「クズ」というとどんな人のことを思い浮かべるでしょうか。
普通は、「人間としてどうなの?」ということをする人、つまり、人をひどく傷つけたり、騙したりする人というイメージですよね。
「汚い言葉はちょっと……」と思ってしまう方もいらっしゃるでしょう。でも、宮台さんはそういうことを気にする意識が人間をダメにするという考えから、敢えてこのような言葉を使っているそうです。
そして、この宮台さんのいう「クズ」は普通に私たちが使う意味とはちょっと異なるものなんです。
宮台さんの言葉を使うと、「クズ」とは「自動機械」となり「感情劣化」した人々ということになります。
「自動機械」は、詳しくは「言葉の自動機械」と宮台さんは言います。
つまり、自分で考えるのではなく、言葉・概念の持つシステムや体系にそのまま乗っかることで、コンピュータープログラムように自動的に動くだけになってしまう人間の心のメカニズムのことを言っています。
そのようになると、人間は自分の感情の働きを無視し、感情と繋がらなくなってしまうので、他人との共感もできず、絆を築くことが困難になります。
これが「感情の劣化」です。
この宮台さんの「自動機械」「感情劣化」の「クズ」の概念は、そのまま先程お話した心理学の「早期完了」の状態の人にも当てはまります。
「早期完了」の人がネガティブな感情を見なくなるという「感情劣化」については先程説明したとおりですが、「自動機械」についてはどうでしょうか。
「早期完了」の人は、自分の本当の感情とつながることができないので、何事においても確信が持てず、自信も持ちにくくなってしまいます。
すると、それを補うために、自分よりも崇高なもの、つまり国・政府・思想・科学・仕事や家庭での立場・性別などに同一化して、自己肯定感を高めようとします。宮台さんはこれを、「崇高なものとの同一化による自己肯定感」と呼んでいます。
この「国・政府・思想・科学・仕事や家庭での立場・性別など」がそのまま「自動機械」に当てはまるんです。
「自動機械」には様々な種類がある
つまり、この「自動機械」の内容にはさまざまな種類があるんですね。
ちょっとこれだけ見ると引いてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、宮台さんが上記で述べている「損得野郎」、そして宮台さんがラジオなどでよく使用する「ウヨ豚」「クソフェミ」「法の奴隷」などはすべて、この「自動機械」の内容の種類を指しています。
「損得野郎」とは、他者との共感ができないため、すべてをモノとして見て(宮台さんは「物格化」と呼びます)、そこで自分が利益を得ることしか考えない人のことです。
これは、ある意味、科学的世界観を取り入れていると考えることができます。科学では、人間も物質でしかないわけですから。
そして、そういう人は、自分の立場や地位が少しでも高くなること(宮台さんは「ポジション取り」と言います)のみを考えるようになり、自分より高い立場の人を忖度します。これを宮台さんは「ケツなめ」と呼びます。
また、私たちは「ネトウヨ」と「パヨク」というとなにか対立する概念のように思ってしまいますが、実は同一化の対象が違うだけで、すべて同じ「自動機械」という心のシステムにハマってしまっているだけなんですね。
つまり、心理学的に説明すると、宮台さんの「クズ」とは、自分の本当の感情と繋がらず、都合の悪い現実を見ようとしない「早期完了」の人が、自己肯定感を高めるために、自分より崇高なものと同一化して、その概念の中での自我の維持のために生きている状態のことだと私は考えています。
今後生き残る人とは?法外のシンクロの時代
そして、宮台さんはコロナ後に「生き残る人」について、次のように話しています。
その意味では下の世代になるほど、損得野郎が多い、感情的劣化層だらけ、感情的通常層がいなくなるということになりますので、日本は長期的には必ず沈みます。
だからこそ、今申し上げたマクロな流れに巻き込まれないで仲間に支えられ、仲間を支えながら、ベイズ的な戦略を取る個人がネットワークを形成するということが必要なんですね。
*ベイズ的戦略とは、各事象ごとに事前確率、主観的な確率を割り当て、それぞれにメリット・デメリットを割り当て、それを合算した上で、ある決定がどんな利得・帰結を招くのかを利得計算する方法。この計算結果は事情が違う個体ごとに異なってくる。
これからは、今申し上げたようなコロナと共存していく社会では、皆同じは絶対にないです。事情がみんな違う。そうしたことを自分で考えて、自分で決断する。
そのためには実は助けが必要。仲間が助けてくれる。しかも、決断が妥当であれば、仲間も助けられる。その意味でそういう生き方をする人間だけが個人も家族も地域も自治体も生き残っていきます。
その意味で、とてもいい機会になっています。という風に利用しなければ、日本はただ沈むだけで終わります。
「斉藤一美ニュースSAKIDORI!」2020.4.21
ここで宮台さんが言いたいことは、今後生き残るのは現在の「クズ」が増加した「クソ社会」に巻き込まれずに、しっかりと現実を見て分析し、自分で考え選択して仲間と助け合いながら生きる人だということなのだと思います。
これは、以前ナゾロジーで書いた「天気の子」のテーマそのものですよね。
宮台さんの言葉でいえば、「法外のシンクロ」です。
「法外のシンクロ」とは、「崇高なものとの同一化」をせずに自分の本当の感情とつながりつつ、他者と深い絆を持って生きていくことです。
つまり、私たちはこのコロナ問題を機に、今自分がどのような意識状態にあるのか冷静に考える必要があると思うんですね。
そして、もし「崇高なものとの同一化」をしてしまっているならそれを自覚して、自分の本質的な感情、つまり、今まで抑圧してきたネガティブな感情や弱さ、親との関係などともう一度向き合い、本当の自分を取り戻すことです。
宮台さんは、損得や「崇高なものとの同一化」による動機を「自発性」、利他的なものや自分の本質的な部分から生じるものを「内発性」といいます。
「自我同一性地位」でいえば、「自発性」は「早期完了」の「危機無き傾倒」、「内発性」は「自我同一性達成」の「危機を経た傾倒」ということになると思います。
この「危機を経た傾倒」や「内発性」を持った自分の本質のまま、他者と向き合い共感して絆を築いて行くことが、今後もっとも求められるようになると私は思っています。
これからの時代は、右翼か左翼か、資本主義か共産主義か、支配者層か被支配者層かという対立構造ではなく、「自我同一性達成か早期完了か」、宮台さんの言葉でいえば「マトモかクズか」ということが更に浮き彫りになっていくのではないでしょうか。